
新シリーズ 東京モスク再建物語 その1
「イスラーム文明の心、それはジャーミイ」
セリム先生 アッサラームアライクム(アラビア語で、あなたの上に平安がありますように、の意)。
── ワアライクムッサラーム(あなたの上にも、の意)。今日は、セリム先生が再建にたずさわった壮麗なモスクを案内していただけるというので、東京渋谷区にある東京ジャーミイに来ています。まず、ごく初歩的な質問なのですが、「ジャーミイ」とは?
セリム先生 ジャーミイというのは、トルコ圏で「大礼拝堂」の意味です。前身の東京回教寺院(1938年に開堂)が、「東京モスク」「代々木モスク」として親しまれてきたので、今でも通称で「東京モスク」と呼ばれることもありますが、正式名称は東京ジャーミイです。モスクというのは、日本語の辞書に「イスラームの寺院」などと出ていますが、ちょっとこれには違和感があって、日本に入っているイスラーム用語は、英語やフランス語がそのままカタカナになったものが多いのです。たとえば、聖典クルアーンをコーランと言ったり、預言者ムハンマドがマホメットになったり、例はいくつでもあります。それで私は、モスクという名称には、ちょっと抵抗があったんですね。そこで、ここの名前はできればジャーミイにしたい、と設計師に頼んだのです。できれば、ジャーミイを日本語に定着させたいと思って、すでに「東京モスク」と彫られていた看板まで、彫り直してもらいました(笑)。
── なるほど。「モスク」はあくまで、欧米や日本での呼び名なんですね。
セリム先生 ふだんこうしてお話するときは、混乱を避けるため、私もふつうに「モスク」という言葉を使いますが、イスラーム文明の心を具現した礼拝堂は、私にとってはジャーミイなのです。
── 白い尖塔が青空によく映えていますね。
セリム先生 この塔はミナレットと言います。高さが31メートルほどありまして、イスラーム圏では、モスクのシンボル的存在なんですね。昔はお祈りの時の呼びかけ(アザーン)を、基本的に肉声で行っていたので、その声が町中に届くように高く作られています。モスクには、いろいろなデザイン形態がありまして、オスマントルコ建築にもとづくモスク、インド様式のモスク、アラブ様式のモスク、中央アジアやイランのモスクなどに分類されますけれど、東京ジャーミイは、典型的なオスマントルコ様式のモスクで、ミナレットが、こういう細長い鉛筆のような形をしています。
── あの塔のてっぺんまで、人が上るのですか?
セリム先生 ここはマイクがありますので、人は上りませんけれど、塔の中はらせん階段なっていまして──バルコニーまでたしか、75段ぐらいあったかなあと思うんですが──、一日五回、お祈りのたびに上るとしたら、かなり骨が折れるでしょう。実は、高さに関しては、建築法の基準を超えていたので、ちょっとばかり工夫を凝らしまして、帽子みたいなところまでは塔だけれど、そこから先は建築物ではなく装飾物である、ということで(笑)、現在の高さを何とか維持しました。
── 高さへのこだわりは、伝統にのっとった美的感覚からですか?
セリム先生 なぜ、この高さにこだわるかと言うと、イスラーム建築は、各部分の高さが一定の比率で、上がったり下がったりするんです。つまり、ミナレットがこのぐらいの高さでないと、ドームはもっと低くしなければならないし、壁の高さや階段まで、比例して縮んでしまうわけです(笑)。イスラーム建築は、調和感や落ち着いた感じを与えると言われる、黄金比にもとづいています。人間のからだの各部位のバランスと同じように、オスマントルコ建築にも、黄金比がそのまま応用されているんですね。こうしたバランス感覚にも、非常によくイスラームらしさが表われていると言えます。(つづく)