インタビュー

「清浄は、信仰の半分」

── ギュレチ・セリム・ユジェル氏

セリム先生 アッサラームアライクム(アラビア語で、あなたの上に平安がありますように、の意)。

 

── ワアライクムッサラーム(あなたの上にも、の意)。湾岸戦争や9.11の時のマスコミの反応のように、社会的レベルの驚きから、日常レベルの「びっくり」、あるいは発見まで、セリム先生が日本に来て、さまざまな場面で遭遇なさった出来事を、大変興味深くうかがっています。日本との最初の出合いの場面も、とても面白かったです。

 

セリム先生 最初にお話しましたように、日本人の美徳を数えていくと、イスラームの価値観の70〜80%は、すでに理解されていることになる。それほど日本とイスラームには、多くの共通項があるのです。

 

── ホストファミリーとの出会いでも、そのことを実感されたとか?

 

セリム先生 最初に留学生活を始めた広島で、一人の留学生に一つのホストファミリーが紹介されました。ときどき、ホストファミリーの家に招かれたのですけれども、初めて遊びに行ったとき、かなりびっくりする出来事がありました。イスラームの家庭によく似ているなあ、という出来事に遭遇したんですね。まず、家に入るときには靴を脱ぐ。それからお客さんには、いちばんいい席に座ってもらう。日本はこんなにイスラーム的なのかと思いました。

 

── イスラームでも上座を重んじるのですね?

 

セリム先生 お客さんは「神からの使い」とされます。ただ、お客さんの持って来たお土産をその場ですぐ開けないで、いったん神棚(仏壇)に上げるのは、最初ヘンな気がしました。セリムはイスラーム教徒だから、何か神様に上げる物を持って来たと受け取られているのかな、と心配になりました(笑)。あとからそういう習慣なんだとわかって、ホッとしたんですけれど。

 

── 確かに、仏壇のある多くの家庭では、季節の初物や到来物は、まず一度仏さまにお供えしてからいただくのが習慣になっています(笑)。

 

セリム先生 寝る前にお風呂に入るのにもびっくりしました。私は普通、朝シャワーを浴びます。トルコでは、お風呂というとトルコ式の公衆浴場で、週に1度か2度出かけるのです。余談ながら、「トルコ風呂」という言葉が日本では、かつてあまりいいイメージの言葉でなかった、と先輩から聞きましたが、今ではそのようなこともなくなり、ありがたい話です。で、ホストファミリーに、寝る前にお風呂に入るんですか、と訊くとそうですと。一日中外で活動すると身体が汚れるから、そのままベッドに入ってはいけないと言われて、なるほど、そうだなあと感心しました。

 

── 日本人の入浴には、古来「清め」の意味もあります。

 

セリム先生 私はイスラーム教徒として、1日5回礼拝をしていまして、礼拝の前にはやはり「清め」をします。服から外に出ている部分、すなわち手、顔、口の中、鼻の中などを洗うのですが、預言者ムハンマドの言葉によれば、「清浄は、信仰の半分」とされています。つまり、宗教にとって何よりも大切な信仰の、その半分ほども、清めや清潔さに価値があるということなのです。日本人も毎晩お風呂に入ることを勧めている。そういった価値観が日本にあり、入浴というかたちで日常的に実践されていることに、とても感激しました。(つづく)

 

次回は、4月23日(月)掲載予定です

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