
「日本にやって来たのも、ひとつの天命かもしれません」
── ギュレチ・セリム・ユジェル氏
セリム先生 アッサラームアライクム(アラビア語で、あなたの上に平安がありますように、の意)。
── ワアライクムッサラーム(あなたの上にも、の意)。セリム先生のおかげで、だいぶん自然に、この挨拶が交わせるようになってきました(笑)。
セリム先生 大変けっこうです(笑)。イスラーム教徒を見かけたら、あなたからもどんどん、アッサラームアライクムと、声をかけてください。
── さて、1990年に来日されて以来、目からうろこの発見があったり、ショッキングな出来事に遭遇したり、とにかく驚きの連続だったとうかがいましたが、そもそも、日本に留学するきっかけは、何だったのですか。
セリム先生 これも、イスラーム的に言いますと、ひとつの「天命」と言えると思います。ある日、私がまだイスタンブルの大学院生だった頃、偶然、奨学金の掲示板を目にしました。いろんな国の奨学金があって、ヨーロッパに行きたいな、と思いながら眺めていると、ふっと日本の奨学金が目に留まりました。へえ、日本か、どんなところだろう、と思っていると、経済学の先生がやって来て、「えっ、日本? おもしろいじゃないか!」と言うのです。ただ、いい国の奨学金はすぐに決まってしまうので、4人の枠しかないし、コネもないから、もう決まっているかもしれない、と言いますと、先生が怒り出しました。「応募もしないで無理と決めつけるなんて、セリム君、それは、自分で自分をおとしめているんじゃないか。応募してみて、落ちたら落ちたでいいじゃないか」と。
── そうしたら、幸運にも受かった。それがイスラーム的な「天命」である、というあたりを、もう少し具体的に教えてください。
セリム先生 イスラームには、「六信五行」という二つの柱があります。六信というのは、信仰の上での柱です。神の唯一性を信じることや、預言者の存在を信じることのほか、天命を信仰することもその一つです。人は、人生において、ああしたい、こうなりたい、とあれこれ策をめぐらしますが、最終的には、
人が思うように物事が動くのではなく、唯一神(アッラー)が創造なさったようなかたちで、物事が動くということです。そのなかで、一人ひとりの人間にも役割があり、その人が与えられた判断力や計画力によって、仕事を成し遂げていきます。しかし、結局は、神の望むところにしたがって、物事が実現していくのです。
── それが、イスラームで言うところの「天命」だと。
セリム先生 「インシャーアッラー」という言葉を、お聞きになったことがあるかもしれません。アラビア語で、「神が望むならば」という意味です。「明日お会いしましょう、インシャーアッラー」というふうに、日常的な場面でも使います。「天命」は言い換えると、「インシャーアッラー」なのです。ですから、私が日本にやって来たのも、こうしていま、「ティー・トーク」のコーナーでお話しているのも、私の使命であり、天命というものかもしれません(笑)。(つづく)
3月5日(月)掲載